東京ミッドタウン

話題の東京ミッドタウンに行ってまいりました。

Midtown1

いやあ、大きいですわあ。広いですわあ。

新丸ビルにも行ったのですが、言われているとおり、そっちよりもはるかに大きい。そりゃまあ、敷地面積が違うのですから、当たり前と言えば当たり前なのですけど、ね。

Midtown2 中に入ると、なぜかバンブーが...。なんのこっちゃ、と思いつつも、けっこう和が基本というのは、ちょっと気に入りました。

中のテナントは、ファッションが主ですけど、三階のインテリア関連のテナントはなかなか面白いものでした。ものはちょっと値段が張りますけど、カップや箸などの小物にいたるまで、かなり充実しています。行くのならここがお勧めになりますけど、すでにオバチャンたちでいっぱい、でした。疲れるわー。

一階にも、いろいろありますが、不思議だったのは、オープンなケーキ作り教室があったこと。来たお客さまが、自由にケーキが作れるように、ということなのですけど、六本木まで行ってわざわざケーキ作る人ているぅ?、と思ったのだけど、けっこういたのですよねえ、これが!。どーいうことなのだろうか。近くにあるでしょ?、ケーキ教室くらいは。

ビル内から外に出てみると、だだっ広い公園がありました。

Midtown3

初夏の陽射しと風の中、けっこう気持ちのいいお散歩ができました。犬の散歩に来ている人もけっこう多かったのも、このミッドタウンらしい点なのでしょうか。

全体的には、六本木ヒルズよりは巡りやすい新名所、という印象ですね。ただ言いたいのは、もう東京にはこんなビルはいらない!。

でも、またできたら、行くんだろうなあ....。

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ノックさんの貢献度

GW期間中のニュースで、私の琴線に触れたのは、横山ノックさんの死去でした。

新聞の一般紙でも報道されたように、国会議員として、大阪府知事として、そしてセクハラを社会の悪として定着させたこと、など、割りに社会的な影響度が強い人、というような報道を東京ではされていました。

しかし、大阪の芸人さんが惜しんでいるように、芸人ノックさんとしての貢献度の高さははかりしれないものがあったのです。

Nocksan

特に、大阪のテレビ番組づくりに関しては素晴らしいものがあった、と今でも思っています。

40歳代以上で、大阪で暮らした経験のある方なら、「ラブ・アタック」や「ノックは無用」など、大阪のバラエティ番組で活躍していたノックさんの姿を記憶されているはず。

当時は、上岡龍太郎さんなどと組んで番組MCを担当されることが多かったのですが、その番組の明るさ、魅力を一手に引き受けられるだけの度量が、ノックさんにはありました。だから、大阪のテレビ・バラエティに、ノックさんは欠かせないと思われた時期もあったのです。

今の鶴瓶のテレビで見せる芸は、どちらかと言うと、ノックさんに近い感じがする、それくらいノックさんは影響力があった、と言うと、ノックさんの貢献度について理解していただけるでしょうか。

そんなノックさんだったのですから、芸能界への復帰はテレビでありたかった、というのは当然だったと思います。ただ、それが許されなかったのは、自業自得だったこともノックさんは身に染みてわかっていたはず。だから、以前に付き合いがあったテレビプロデューサーともあまり連絡をとらず、今回のようにひっそりと亡くなったのは仕方なかったと言えるでしょう。

大阪の芸人さんたちは、大きなところでノックさんを送る会を予定しているとのこと。それは、大好きなノックさんへ、と言うより、芸人がテレビの中心になる道しるべをノックさんが作ったことへの感謝の気持ちによるもののように思われます。

ノックさんのために、天国にもテレビがあれば、と思えてなりません。

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映画「あしたの私のつくり方」(少しネタバレ)

ネタバレと言っても、全部読んでいただいても、どんなふうに物語が展開するかは想像つかないとは思います。

いじめにあって転校していった同級生を励ますつもりで、メールで物語を送り続ける14才くらいの女の子の物語。

Ashita この作品の奇妙なところは、登場人物に個性が感じられないことです。逆に言うと、個性などあってはならない子どもたちの世界を描いたからこそ、個性など存在するべきでない、と言いたげな珍しい作品なのです。

だから、物語の進行はナレーションが中心とした心理描写が多いのですが、その場合、映画を見ている者はナレーションがうるさく感じがちになるのに、そうはならない、そこがこの作品の面白いところであり、衝撃的なところでした。

この作品に登場する女の子たちは、常に自分でない誰かになっている、または誰かに頼って生きています。そうしなければ、学校でいじめにあい、家族がうまくいかない。「私はかすがいになる」や「自分を隠す」など、映画の前半は子どもとは思えないセリフがいくつも出てくるので、見ている者は衝撃をおぼえるのです。

ところが主人公が、以前にいじめられていた同級生に自分を隠して物語のメールを打ち続けるあたりから、映画の物語もそのメールの物語同様の面白さに溢れてきます。このあたりのストーリーテリングのうまさは、さすがに監督市川準ならではと唸らされました。繊細に少女たちの行動、そして表情をさりげなくとらえていくカメラの動きが本当に素晴らしい。

後半、物語のメールを送る側、受け取る側のお互いの少女が他人を演じるのではなく、自分でありつづけたいと思うようになります。しかし、スクリーンの外側から見ている、私たち大人たちはそうしようとする女の子たちに不安をおぼえてきます。それは、大人になるにつれて、自分とは何かに迷うことを我々は知っているから。

監督はあからさまに、そんなメッセージを演出の中に残しません。しかし、観客はそれをゆるやかに感じるのです。映画は静かに終わるのですが、登場した少女たちの物語はこれから、というところが、切なくなってきました。

この作品は、少女たちの世界を描いて見せながら、実は現代社会の歪みの中で暮らす、没個性な一般人そのものまでもとらえている点でも、とても興味深いものがあります。大人がこの少女たちの世界を、怖いと言っているようでは駄目、と言いたげな市川監督のニヤリとした顔が目に浮かんできそうになりました。

それにしても、成海漓子というかわいい女優さん、なかなかの大物ですよ。

この娘を見に行くだけでも、お金払って映画館に行く価値はあります。

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映画「ロッキー・ザ・ファイナル」

最近、歯を磨いたあとのうがいで、水が歯茎に染みて痛さを感じるたびに、クリント・イーストウッドの「スペース・カウボーイズ」の最初の部分で、歳よりも若いことを強調するかのように、固い氷をボリボリ食べるイーストウッドの姿を思い浮かべて、「俺のほうが歳とるのが速いみたいだなあ」なんてつぶやいしてしまう、のですが、

この「ロッキー・ザ・ファイナル」は、その固い氷を食べるようなことを、後半の大部分に費やした、ある意味、贅沢なエンタテイメントです。

もう50を越えた往年のヘビー級王者ロッキーバルボアが、夢を求めてもう一度リングへとあがる物語。いかにもアメリカ映画らしいトゥルー・オブ・ドリーム話で、

ノスタルジー丸出し、しかも落としどころが死んだ妻などに捧げる家族愛など、いい加減、使い古されたストーリーと鼻白むような演出の数々なのに、ボクシングのためのトレーニングや試合になると、観客は客席から身をのりだし、最後には感動の渦に巻き込まれるのは、まさに生粋のエンタテイナーであるスタローンの魅力とそんな映画が撮れる腕によるところが大きいのですよ

以前からそうですが、スタローンが製作する映画には、難しいことなど言わせない、映画本来の魅力に満ち溢れているのが素晴らしいところ。それは昔のクロスビーやアステアのミュージカルのように、定番の内容なれどついつい映画館に足を運ばせる、エンタテイメントを常にスタローンは提供し続けているからなのです。

そういう映画というのは、評論家連中や芸術家肌の映画鑑賞眼をもった人には、バカにされやすいものです。でも、思い出してみてください。日本でも映画が娯楽の中心だったころ、毎度おなじみの筋立ての「若大将シリーズ」や「無責任シリーズ」に多くの人たちが熱狂していたではないですか!!。

この作品でも、今までのロッキーシリーズと同じようなのですが、それでもさわやかに、そして楽しい気分で見終わることができる。このせちがらい世の中で、そんな体験ができたのは貴重だったなあ、と私は感慨深いものがありました。

ですから、とやかく言うのはヤボというもの。エンタテイメントを素直に認めない者は映画を見る資格はない、との個人的な意見もあってなのですけど、この作品に出会ったことへの喜びが今も心に染み渡っています。

Rocky

ロッキーのような映画を見たあとに、興奮した心を落ち着かせるのは、お香が一番、なんてね。年寄りかなあ。

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映画「クイーン」(少しネタバレあり)

ネタバレあり、て言っても、事実あったことがもとなので、とっくにネタはバレてるのですけど(笑)

ダイアナ妃が事故死してから1週間の間のエリザベス女王と王室の様子を描いた作品。

フリアーズ監督の徹底したリアリズムによる演出によって、当時、発足したばかりの労働党ブレア政権と王室との微妙な距離間や、世論の動向を見誤ったがために窮地に追い込まれて苦悩する女王と王室の人々の姿が見事に描かれていて、見ていくうちにどんどんスクリーンに引き込まれていきました。

この作品の演出のポイントとなっているのは威厳とプライドの行方です。威厳こそが国民のためのイギリス王室である、と思いを大切にしようとしたがために、ダイアナの事故死から時が経つにつれて国民の信頼を損ない、プライドが崩れていく、その様子が王室内部と政府側の両方の視点からゆるぎなく描かれていることが、この作品の質を高みへと導いています。

Queen その威厳が描かれているシーンが、大鹿を目の前にした女王の姿でした。その鹿の美しさに涙をし、後にその鹿が王室の家族たちの手によって撃たれたことで女王がうけた衝撃は、まさしく王室の威厳が崩れ行く様そのものであり、イギリスが序々に王室のものではなくなっていることを現していて、王室の深部へも鋭く切り込むような、画期的な演出に思えました。ややフランクすぎる王室内の会話や、ダイアナの存在の大きさが描ききれてないのには、やや不満が残りますが、誰もが知る史実の内側に入り込んだこの作品は、今後の実話もの映画の指針になった意味でも、ここ数年の映画界の中で重要な位置を占めたと、私は思っています

そして、何よりこの作品の軸となったのは、言うまでもなくこの作品でアカデミー賞主演女優賞をゲットした、女王役のヘレン・ミレンの演技です。

威厳があるのにどこかナイーブな、どこにでもいるような女らしい一面を併せ持つ女王の真実(かもしれない)姿を見事に演じきっているのは、特筆すべきでしょう。

それにしても、こんな作品が造られるイギリスて、すごいですわ。日本じゃ考えられない。雅子様をモチーフにした映画なんて、百年経ってもできそうにないですものねえ。

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国立科学博物館に行ってきました

連休も今日で終わり。東京は、今日の6日以外は天候に恵まれました。で、私は、その天気に誘われて、上野公園へ行って、国立科学博物館へ行ってまいりました。

なぜ科学博物館かと言いますと、実は、花の特別展をやっているのです。花好きな私には、花の歴史や花が開花していく様子がスクリーンで見られて(けっこう感動ものでした!)それはそれは面白いものでした。

その花展に関しては、http://www.asahi.com/hanaten/index.html
を見ていただければ、私がどーのこーの言わなくても、よりわかりやすいので、これくらいにしておきますが、

意外に面白かったのは、博物館の常設展!

Kagaku2

うわーっ!、ゼロ戦だぞー!

Kagaku3

おぉー!、ロケットやん!

Kagaku1

すげぇー、恐竜だわ!

と、まあ、きていたガキたちと同じように興奮してしまいました。他にも、デゴイチもあったりして、やたら面白がってしまいました。おかげで、帰りは疲れて、疲れて.....。

それにしても、博物館はあなどれませんなあ。他のも行ってみる価値のあるものは多いでしょうねえ。

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ひさびさに花を買いました

今月は、どうも体調がいまいち。おかげで、昨日までブログの更新もできずに、身体も気力もダラダラとした毎日でした(他のところは更新はできてるんですけどねぇ。自分の話ができないくらい、何もない日々でしたぁ)。

Harunoohana1

そんな日々だったせいか、いつもは買っている花を買ってなかったのですが、昨日ひさびさにお花を買って、部屋に飾ったのですが、

やっぱり何かちがってきますねえ。少し気力が出てきました。

部屋も明るくなるし、目にも優しいし、やっぱり花には、人を元気にする素があるようです。

この後には、うちにある植木にも花がつく季節に。さあ、元気を出してGWじゃあー

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映画「絶対の愛」

彼の愛を取り戻そうと思い、整形をしたばっかりに思わぬ運命のいたずらに巻き込まれる。

Zettai1 前半に出てくる「いつも同じ顔でつまらないでしょ」「人は皆おなじ」という台詞が物語の進行とともに、恐ろしく、虚しく思えてくる、ちょっと精神的なホラー映画を見ているような気分になってくる作品。

ただ、ちょっと登場人物がすべて自分勝手すぎるところが気になりました。ポテンシャルの高い映画をつくり続けているキム・ギドクにしては、今回はキャラクターの創り込みが甘い、という印象が残りました。キム・ギドクファンにとっては、ちょっと消化不良でしたねえ。

ただ、キム・ギドクらしい人間をぎりぎりまで追い詰めていく、凄みある演出は、今回も健在。見る者の心にぐさりと突き刺さるような衝撃を与えています。整形は顔は変えても、心は変えられない。人は心で繋がっていることを心底実感させられた、問題作だとは感じました。

私は、キム・ギドク映画の大ファン!。でも、この方の作品は、演出が強烈すぎて受け入れられない、という人も大勢います。ですから、なかなかおすすめするのは難しいのですが、この「絶対の愛」よりは前作、前々作の「弓」や「うつせみ」のほうが、内容は上でしたね。特に、「弓」の衝撃は、見たあとに興奮が冷めないくらいでした。それについては、またキム・ギドクの作品の話をすることもあろうかと思いますので、そのときにでも。

さて、この作品は、渋谷の円山町のラブホテル街の中にあるユーロスペースで見たのですが、ここで映画を見たあとには、その一階にある喫茶店、夜はパブになるみたいですが、

Zettai2_1 「プロローグ」というお店で休憩するのがいいて゜しょう。ちゃんとした喫茶店なのにもかかわらず、コーヒーが300円という良心的なお値段!!。お客さんの質も割りにいいので、渋谷東急本店に行かれた方もおすすめしたい、喫茶店です。

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何か他にいろいろありすぎて...

私のメイン・ブログはこちらなのですが、アメリカの乱射事件やら、好きなヤクルト・スワローズが調子悪いことなど、いろいろあって、こちらのブログがおろそかになってしまいました。

乱射事件に関しては、http://www.actiblog.com/morifukurou/
にて私コメントしていますので、読んでいただきたいと思うのですが、

何か、社会がおかしくなっている、学校がおかしくなっているというのが、ここまできているのかを思い知らされる事件でした。

私たち、もう一度、心を平穏にして、じっくりと物事を見つめる余裕をもつべき時期かもしれませんね。そうでもしないと、こんな時代、犯人と同じように怒りにまかせて、何かしてしまいそうになります。ですから

Photo_8

新年のおたきあげの写真を見て、気持ちを落ち着けましょーね。

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いかなごの「くぎ煮」がおいしい季節

Kugini 春は食べ物が美味しくなってくる季節。そんなわけで、いつものように、実家の母から、

いかなごで作った「くぎ煮」が送られてきました。

ごはんにまぶして食べると、何杯でもいけちゃう!という、美味しさ!

あっ、知らないですよねえ。実は、「くぎ煮」というのは兵庫の明石で生まれた、関西独特の食文化なのです。

この季節になると、明石の沖合いで「いかなご」という小さい魚が大量に獲れます。それを、砂糖としょうゆ、みりんに、しょうがや山椒などで味付けして煮込むと、おいしい「くぎ煮」ができるのです。

ですから、ずいぶん前までは明石の人や神戸の人しか知らない食文化だったのですが、今は大阪のスーパーでも、「いかなご」が1キロ1000円で売られるようになってから、関西全般にも知られるようになりました。ただ、保存の関係もあるのか、他の地域では売られておらず、いまだ関西独自の食文化のようです。

Kugniikanago その「くぎ煮」に今年は異変がありました。と、言うのは、今年の冬の海が温かくなっていたため、いつもより「いかなご」が成長してしまい、獲れる量が減ってしまったようなのです。そのために「いかなご」の値段が高騰して、今年、関西で「くぎ煮」を作る家庭はめっきり減ってしまったそうです。

確かに、今年のいかなご君、一匹一匹が大きいのですよねえ。ちょっと不気味かな。でも、美味しいのに変わりはなかったですね。

ちなみに、大阪のデパートで「くぎ煮」は500グラムで2000円以上するようです。母には感謝ですね。

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